異常出血
2008 / 03 / 22 ( Sat ) 妊娠生活は、奇麗事では許されない。
もう、恥じらいというのもある意味なくなってしまう。 夢とかロマンスとかではなく、男女の官界を厳然とした命と関わることだということを、認識させられる。 あるとき、知子が深刻な顔をしていった。 「出血があるの・・。」 ガーンとくる。 マイルドではあるが、夫婦生活を続けていた僕ら。それが悪かったか? それを聞いて、翌朝、祈るような思い出二人で病院に行く。 この時期に怖いのは、切迫流産、前置胎盤 共に出血を伴うらしい。 前者は胎児の命に関わる。つい最近、これでだめになったお母さんを知っている。 後者はそれにこれからの妊娠生活、とても制限されたものとなる。 「ポリープと、びらんがあります。まあ、大丈夫でしょう。」 よくわからん病名。 ドクターの、まあ大丈夫でしょうという言葉に、すがる思いになるが、それでも安心は出来なかった。 家に帰ってからも、不安な気持ちと戦う知子。その肩を抱いて、一緒にいるから・・・と、励ます僕。 そんななか、僕たちの子供は大きくなっていってくれていた。 |
妊婦の生活
2008 / 03 / 12 ( Wed ) 命が生まれてくることは素晴しい。
しかし、僕らが良くわきまえなければならないのは、そのために母親が、どれほどの苦労をするかということである。 そして、最も素晴しく思うのは、母親はその苦労を苦労と思わない。 だから、父親が母親の苦労を良く見て、子供たちに母親がお前達が生まれるまで、どんなところを耐えてきたかを知らせる義務がある。 まず、初めに来るのがつわりである。 風邪引いて、気分が悪くなって一回でも戻すなら、大騒ぎをするのだが、つわりはそんなものではない。 あけてもくれても、戻す人は戻す。 ただ、知子はそれほど強いつわりはなかったが、それでも、今まで元気印の知子ではありえないほど、苦しみ憔悴した。 僕は彼女が飲めると言ったポカリスエットと、酢で示した小魚を買ってくるだけ。 綺麗な彼女の顔は、苦しんでゆがんでいる。 しかし、病気ではない、命が誕生しようとしているのだ。 二人はそのことを見つめて、励ましあった。 |
二人分の命
2008 / 03 / 05 ( Wed ) 知子は自分の体のことだから、僕が気づくより前に、もしかしたらと思っていたようだ。
僕はまだ、女性の体のリズムというものが,、なんとなくしか分かっていなくって、恥ずかしながらそれまで気づかなかった。 正月の帰省の間、久しぶりにリラックスできるはずも、落ち着かない気分。 とにかく休み明けに、産院に行くことにして今は休ませる。 気もそぞろのうち実家での数日を終え、帰途に着く。 電車に乗ったときは、そうでもなかったのに、しばらくすると苦しそうにしだす。 結局、気持ち悪さは行くとき以上で、1時間強で着く道のりを、ほとんど一駅ごとに電車を降りたから、3時間以上かかって家に着いた。 我が家の太陽である知子が、こんなに曇ってしまっては、僕もなんかしんみりしてしまう。 知子としては、こういうときこそがんばって欲しいのだろうが、なんとも男というのは、妻に対して精神的依存が強いことだろう。 ・・・・・・えっ 僕だけですか?? 正月休みが終わり、病院が開くまでの数日間、じりじりしながら待った。 そしてついにその日が来た。 知子と一緒に産院に行く。 電車で二駅、歩いて5分。 いつもだったら、ちょっとだべっていたら着くその距離が、やたらと長く感じる。 なれない病院。そこは小さいながらも総合病院だった。 初診表に記入、案内を見ながら、恐る恐る初診の手続きをする。 初めて立ち入る、産婦人科のコーナー。 弟が生まれて以来、一度も行った事がない。 大きなお腹をした、プレママたちが、よいしょよいしょと行きかっている。 こんな女の人ばかりのコーナーに、男が入るのか! やたら緊張する。 ・・・と、見渡すと、プレパパもいました。 ちょっと安心。 初診なので、かなりの時間を待たされる。その間も、時々、知子は気持ち悪くなっているようだった。 今時は、超音波で診察されるらしい。僕もかつて超音波断層撮影の検査を受けたから、おんなじ様なことを考えていた。 やっとことで名前が呼ばれ、知子は緊張して診察室へ行く。 診察室の入り口のところで、看護師さんに指示され検尿をして、初診の問診を受ける。 そして、診察室に消えていった・・・。 何か大変なところに、知子一人で行かせる・・・・・そんな気持ちが、迫ってきた。 いやいや、たかが診察ではないか、 ・・・・いや、今、とても大きな事を、知子は体験しようとしているんだ。 何かやるせないような、不安定な自分、自然と祈るような気持ちなり、しばらく待った。 知子が、ちょっと潤んだ目で、でも、嬉しそうに診察室から出てきた。 「・・・三ヶ月の初めだって・・・。ちゃんと、心臓が動いてた・・・」 知子の手には、超音波の映像写真があった。 白く丸い物体・・・それが、今根付いた新しい命。 「そうか!」 「うん!!」 知子は、高潮した顔で、満面の笑みを湛え、大きくうなずいた。 |
元旦の帰省・・・・・我が家の新しい歴史
2008 / 03 / 04 ( Tue ) 大晦日遅くまで、知子はおせち料理作りに勤しんでいた。
実家では毎日おせちを作るそうで、帰省するなら何かもって帰りたいのだそうだ。 今回、知子が持って帰ろうと頑張ったのは、黒豆の煮物だった。 大晦日、一日中、家はその匂いで満ちていたが、どうにか出来上がったらしい。 そして、新しい年を迎えた。 知子と初めての年越し。 「明けましておめでとう。」 「明けまして、おめでとうございます。」 二人は、12時の時報を聞くや、お互いに挨拶した。 実家には午後から出発。 3時間ぐらいで着く。 いつもJRか東急なので、今日はちょっと経路を変えて、小田急で行くことにした。 新宿から電車に乗る。 知子の手には、頑張って作った黒豆の煮物、それと、泊まるであろうからその荷物。 僕も自分の荷物とお土産を持っていた。 電車に乗ってから、知子、いつになく静か。 電車は結構込んでいて、ドアのところに二人で立つ。 昨日よく眠れなかったのかな、とか思いつつ電車の窓から、少しずつ日が傾いていく街の様子を見る。 すると急に知子がしゃがみ込んだ。 「どうした、知子。」 「ちょっと、調子悪い・・。」 僕は、周りを見渡して、一つ空いている席を見つけた。 「知子、大丈夫か?あそこ開いているから、座らせてもらおう。」 「・・・うん」 知子を座らせる。 登戸まで来たとき、急にその知子が立ち上がった。 と思いきや、自分の荷物と、僕の手を捕まえて、急いで電車を降りた。 そして、そこでうずくまって、戻してしまった・・・。 色白な知子の顔は、いよいよ白くなって、いつもなら淡く桜色しているその頬も、真っ白になっている。 ホームで派手にやっている知子と一緒に、知子も心配だし、この惨状をいかにリペアすべきか、両方の事でちょっとしたパニックになっていた僕。 知子はベンチに座らせ、ありったけのティッシュで、ホームを掃除した。 元々車に弱い質なので、車酔みたいなのになったんだろうと思っていた。 しかし、しばらく休んでどうにか動けそうだというので、来た電車に乗っても、数駅でもうダメで、また降りて苦しむ・・。 「知子、大丈夫か・・。」 「・・・う〜ん・・。」 そんな様子を見ていて、ハッとした。 「出来たのか?!」 |
初めての年の瀬
2008 / 03 / 04 ( Tue ) 年の瀬が来ると、どこの職場もそうだろうが大変なことになる。
次から次へと期限切られた仕事に追われ、この忙しさが終わる年末まで、とにかく前を見て突進するしかない。 知子の誕生日、それは僕らにとって一つの転機になった。 真面目に家族について考えるようになった。 しかしこれは授かりもの、いくら考えてもどうしようもない・・・。 そんななか、忙しさにまぎれて、その思いは心の隅にいつしか眠っていた。 11月は初めの知子の誕生日だけではなく、下旬には僕の誕生日もある。 しばらくすると世の中的には、クリスマスもあったりして、イベントには事欠かない。 自分の誕生日には無頓着な知子も、僕の誕生日には、色々と知恵を絞って喜ばせてくれた。 僕の好きな食べ物オンパレードとか、僕の好きな服を着てくれるとか、そしてプレゼントは、僕が前から欲しかった、高価な専門書だった。・・・・よく知っていたな・・・・、知子の探査力侮れず。 ・・・この点でもなんか敗北感を感じる・・・・。 クリスマスは一緒に甘くて柔らかいケーキと、ボリューム満点の鶏肉食べた。 どちらがどちらの趣味であるかは、この連載をお読みの方だったら、想像お付になることでしょう。 さて、がむしゃらに走りぬいた年末の忙しいときも、間に挟まるイベントに励まされながら、どうにか走りぬくことが出来た。 さあ、仕事納めも終わり、結婚でお世話になった方への年賀状もやっとのことで書き終わり、まさに年も暮れようとしている・・・・。 元旦には、知子の実家に行く予定・・・。 知子は遅くまで、おせち料理を作っている。明日、実家に持っていくらしい。 今やっているのは、黒豆を圧力釜で煮ること。家中に匂いが充満している。 そんなかいがいしく働く知子の背中を見ながら、初めて二人で過ごす年の瀬の時の流れを味わう僕だった。 |



